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土俵は神聖な場所 どうして女性はダメなの? [最近のニュースから]

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フリー画像からお借りしました









今日の話題は、大相撲にしてみました。










先日、京都府舞鶴市で開かれた大相撲の巡業で、土俵上で倒れた舞鶴市長に心臓マッサージをしていた女性看護師たちに、「土俵から降りてください」と求めたアナウンスが流れたことが問題視されていますね。









神社仏閣では宗教上の理由として、女人禁制ということを耳にすることがありますが、大相撲は日本相撲協会が主催しており、日本相撲協会は正式名称「公益財団法人日本相撲協会」といい公益法人として運営されています。









各地で女相撲も開催されていますし「日本女子相撲連盟」という組織だってありますよね。









公益法人である以上、男女差別を伝統として片づけて良いのでしょうか。









その女人禁制という伝統は本当なのでしょうか?









北海道大学出版の『相撲における「女人禁制の伝統」について』著者:吉崎 祥司氏と稲野一彦氏の論文を読んでみました。








どうやら、古くは日本書紀の雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の記述部分に女相撲最古の記事があるそうです。









女人禁制とさていますが、その記事には采女による女相撲が書かれているということです。









采女(うねめ)とは、日本の朝廷において、天皇や皇后に近侍し、食事など、身の回りの雑事を専門に行う女官のことです。

【原文】
(十二年)秋九月、木工韋那部眞根、以石爲質、揮斧斲材、終日斲之、不誤傷刃。天皇、遊詣其所而怪問曰「恆不誤中石耶」眞根答曰「竟不誤矣」
乃喚集采女、使脱衣裙而著犢鼻、露所相撲。於是眞根、暫停、仰視而斲、不覺手誤傷刃。

【口語訳】
(雄略天皇12年の)秋の9月、木工職人の韋那部眞根(いなべのまね)が、石を台にして斧で木材を削っていた。一日中削っても、間違って斧を石の台にぶつけて刃をつぶす事はなかった。天皇がやってきて不思議に思って聞いた。「いつも間違って石にぶつける事はないのか」と眞根は答えた。「決して、誤ってぶつけることはありません」。

そこで天皇は采女(うねめ。宮中の女官)を集め、着物を脱がせ、褌を締めさせ、みんなの前で相撲をとらせた。眞根は少し手を休め、それを横目で見ながら木材を削った。しかし相撲に気を取られて、間違って斧を台座の石にぶつけて、傷つけてしまった。










そのことから古来より女人に限って禁止としてことは考え難いということです。










室町時代でも同様に女人禁制の様子を見ることはできないようです。










勧進相撲(営利目的の興行相撲で大相撲の源流とされる)に「比丘尼(びくに 尼僧)」が出場していたことが記されていたそうです。










宗教上の理由でしたら何も問題はないのでしょうが、現代において女性は不浄なものという考え方は合理性に欠けると思います。










不思議なのは、「魏志倭人伝」によると卑弥呼は邪馬台国女王だったはずですよね。










邪馬台国には王もいたし女王もいたそうですから、平等だったんでしょうね!^^










自分の妻や母、姉や祖母そして恋人が不浄であるとか穢れているだなんて、もし言葉で言われたら腹が立つと思いませんか。









WEB元祖スピリチュアル女性誌「Trinity」を読んでみましたら、このような解釈もあるようです。
ご興味のある方はこちらをご覧ください。

「穢れ」という言葉からは、あまりいいイメージはありませんが、本来は「体力が落ちた状態の女性に無理をさせないためだった」という説もあります。確かに生理中や、出産後などに外を出歩いたり、家事をしたりするというのは厳しいものですので、昔の人は現代よりもある意味では女性を尊重していたということなのでしょう。

その思想が、男尊女卑の傾向が強い仏教の流入によって、「穢れ=汚いもの」というイメージとして定着してしまったのは不幸なことです。

修験道などで女性が山に入れないというのも、表向きは穢れているということになっていますが、生理などのときに山に入ると、血の臭いをかぎつけた獣に襲われる可能性があるという実用的な意味もあるようです。










何かと話題となる相撲協会ですが、伝統とされていることを検討し見直す良い機会ではないでしょうか。











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